日本・世界の遺産絶景~旅と写真のブログ~

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Contiki! 【ドイツ】 ミュンヘン

Europe

 ミュンヘン

 

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 ミュンヘンの象徴である新市庁舎

 

 ミュンヘン南ドイツの中心都市ですが、実際に行ってみると観光地が少なく、どこへ行こうか困りました。

 新市庁舎のすぐ下が地下鉄のMarienplatz駅で、とりあえず「妖精の城」と呼ばれるニンフェンブルクを目指します。地下鉄に乗ってすぐに感じたのは、英語表記がとても少ないことです。

 

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  ニンフェンブルク

 

 お城と聞いて想像していたイメージとはずいぶん異なり、平らでどちらかというと別荘のような、あまり写真にならないところです…。とにかく白鳥だけは多く、人間が近寄っても全く動きません。

 

 

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 ダッハウ強制収容所

 

 ここは、とにかく生々しいところでした。

 ナチスによる人体実験や、虐殺の様子がディスプレイされており、再現されたバラックが置かれています。ダッハウ強制収容所は、その後作られた強制収容所のモデルとなりました。

 

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 ただっ広い敷地はとても静かで、独特の、なんとも言えない重い空気が流れています。

 

 

 この国を勉強していて不思議でならないのは、お隣のフランスと友好関係を築いているということです。すくなくとも近代からの歴史を考えれば、あり得ないことのように思えます。

 

 

 ドイツとフランスの高校生が提案し、2006年に共同で作りあげた共通歴史教科書が話題になりましたが、歴史教育を両国で検討する委員会は1950年にすでに発足しています。ナチスへの反省から、客観的な歴史教育の必要性をはやくから感じていたようです。

 

 

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 哲学者のカール・ヤスパースが『責罪論』において、1938年水晶の夜、反ユダヤ運動を、黙って見ていた者たちにもホロコーストの責任があるとして、ドイツ人の集団責任をとなえました。すると、彼はドイツ社会で大きな批判に晒されます。

 

 

 

 しかし、その後現代に至るまでドイ ツでは全体として、負の遺産を精算するための、再びヒトラーを生まないための、充実した歴史教育が行われてきました。特に、現代史については一年間かけて学習し、その3分の1がナチスについて学びます。一方の日本では、現代史は高3の最後にわずか数回勉強するだけです。

 

 

 僕は、自分が少しかじった程度の知識で、「日本人は過去に対する反省をしていない!」といったことを主張するつもりはありません。ただ、日本人は歴史をもっと学ぶべきであると強く感じるのです。

 

 

 海外へ行くと、日本が本当に素晴らしい国であることを再認識させられます。そして同時に、もっと周辺国とも上手にやっていけるのではないかとつくづく感じます。理想論ばかり語っていても仕方がないと思われるかも知れませんが、それが案外そうではないのです。

 

 

 ドイツとフランスの国境地帯にある、アルザス・ロレーヌ。ここは工業が盛んな地域で、歴史上何度か両国間の係争地となりました。住民の多くはドイツ系ですが、第二次大戦後、フランス領となっています。その中心都市ストラスブールには、現在EUの主要機関が多く置かれ、ここアルザス・ロレーヌは、ヨーロッパの特別地域として欧州統合の象徴とされています。

 

 

 ドイツからは、学ぶところが本当に多くあるように思います。

 

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